日本全国でお酒好きの憩いの場となっている「赤提灯居酒屋」。累計1万軒以上の酒場を取材してきた“酒場案内人”の塩見なゆさんも、昔ながらの赤提灯居酒屋をこよなく愛する一人。全国の赤提灯居酒屋を知る塩見さんに、その魅力や楽しみ方などをうかがいました。

塩見なゆさん

この方にお聞きしました
塩見なゆ(しおみなゆ)さん
酒場案内人。東京都杉並区・荻窪生まれ。お酒好きの両親を持ち、両親が飲む瓶ビールに憧れて成長する。JR中央線沿線の飲食店に興味を持ち始め、次第に飲みに行く範囲が広がり現在に至る。趣味から始まった酒場めぐりが次第に仕事となり、現在の酒場に関する知見は日本国内にとどまらず、世界各地まで広がる。

赤提灯居酒屋の定義とは?

―はじめに、塩見さんが赤提灯居酒屋に通い始めたきっかけについて教えてください。

私の父は作家で、母はライターなのですが、二人とも家で原稿を書く仕事だったので、夕方早めの時間から外食に行く機会がたくさんありました。生まれは荻窪(東京都)で、近所で早めに開いているお店といえば酒場。それで小さな頃から赤提灯居酒屋によく行っていたので、赤提灯居酒屋に通うことは自然と私のライフスタイルになっていきました。

―赤提灯居酒屋とは、どのようなお店を指すと考えていらっしゃいますか?

明確な定義はないので人によってさまざまですが、私は赤提灯居酒屋=「大衆酒場」と定義しています。特に、家族経営で世代交代をしながら長い間地元に愛されて続いてきたようなお店が、いわゆる赤提灯居酒屋だと思っています。お店にはカウンターとテーブル席があって、働いているのはご主人とおかみさんに、アルバイトの方が数名…といったイメージですね。

―「家族経営」が赤提灯居酒屋のポイントなんですね。

やっぱり、家族経営のお店って温かい印象がありますよね。最初は遠い親戚の家に来たような感じで少し落ち着かなかったりもするんですけど、飲んでいるうちにだんだんと慣れて関係性ができていって、2回、3回と行くと「久しぶり」って迎えてくれて。4回ぐらい行けば、いつものやつを出してくれるといったような、そういう距離感が自然とできていくのが赤提灯居酒屋という場所だと思います。

あとは現実的な話になりますが、家族経営+持ち家で営業しているお店だと、場所を借りて従業員を雇っているお店よりも家賃や人件費を抑えやすい。その分、定価に対する原価率も高くなるので、価格帯はリーズナブルで質が高いというのも赤提灯居酒屋の特徴だと思います。

赤提灯居酒屋のルーツは?

―赤提灯居酒屋は、どのようにして生まれたのでしょうか?

赤提灯居酒屋のルーツは、主に3パターンあると考えられます。まず1つ目は江戸時代に、酒屋がおつまみを出し始めて居酒屋となったパターン。2つ目は、天ぷらや焼き鳥などの屋台から始まったパターン。そして3つ目は、戦後の闇市から始まったパターンです。

現在営業している赤提灯居酒屋からもそのルーツを感じ取ることはできて、例えば酒屋から始まったところはお店の規模が比較的大きかったり、反対に屋台などが発祥のお店は小箱(小規模)のところが多かったりします。赤提灯居酒屋を訪れる際は、そういったことを気にしてみるのも面白いと思います。

※ 戦後の混乱期に駅前などの利便性の高い空地に誕生した非合法の市場。当時、食料や衣類といった生活物資の多くは配給制であり、配給以外で食料を入手することは違法であったため、“政府の統制をかいくぐって発生した市場”という意味で「闇」市と呼ばれた。

―さまざまなルーツから生まれた赤提灯居酒屋ですが、そもそもなぜ「赤提灯」を看板に掲げるようになったのでしょうか?

これには諸説あります。もともと江戸時代の酒屋では、白い提灯を看板として使用していたところが多かったそうです。その中から、店内でお酒やおつまみを提供するお店が現れ、その目印として提灯を赤く塗ったというのが一つの説です。また、当時街道沿いにあった茶屋が提灯と一緒に赤い飾りを付けていて、そこがお酒も提供し始めたことから、赤提灯=酒場の印となったという説もあります。

ただ、赤提灯の居酒屋が爆発的に増加したのは戦後だと言われています。混乱期なのでどのお店が発祥なのかは記録に残っていませんが、闇市の中で赤提灯を看板にした酒場が現れ、それに倣うお店がどんどん増えていった結果、赤提灯=大衆的な飲み屋というイメージが全国的に広がったと考えられています。

闇市が起源となった商店街にある赤提灯
闇市が起源となったとされる通りにある赤提灯(画像提供:PIXTA)

赤提灯居酒屋の魅力とは?

―赤提灯居酒屋と、一般的な居酒屋との違いについて教えてください。

まず、チェーン展開しているような一般的な居酒屋は、主に仲間内でのコミュニケーションを楽しむ場として提供されています。いわばファミリーレストランの飲み屋版といったところでしょうか。

それに対して赤提灯居酒屋は、お店の空間そのものを楽しめる場です。お店や街が歩んできた歴史がその場に凝縮されていて、空間自体をおつまみのように味わうことができます。過ごし方も、グループでわいわいというよりは一人で、その土地に身を置きながら「一期一会」を楽しむところだと言えますね。

空間自体に趣があったり、キャラクターの強い店主さんがいたりするので、そのとき味わったお酒やお料理が記憶に残りやすいというのも、赤提灯居酒屋ならではだと思います。

―塩見さんは全国各地の赤提灯居酒屋を訪れていますが、その中で感じる魅力はありますか?

赤提灯居酒屋には地域性が色濃く反映されています。同じ「赤提灯居酒屋」という括りであっても、日本全国、場所によって雰囲気も飲み方も全然違うんですよ。いわゆる県民性というのも感じられますね。

例えば沖縄では、点々とハシゴしながら飲むのが一般的。だから赤提灯居酒屋でもみなさんあまり長居はせず、私にも「せっかく東京から来たんだから、ここ1軒で終わらせるのはもったいないよ」なんて声をかけてくれて、お店の人も「いってらっしゃい」と快く送り出してくれるんです。反対に北海道や東北などの寒い地域だと、一つの場所で長く飲むことが多いようです。飲み屋街を歩くと、一見人通りが少ないように感じるのですが、実はみなさんお目当ての赤提灯居酒屋に早くから集まっているので、お店の前を通るとワッと熱気を感じるほど。

雪国の赤提灯居酒屋
雪国にある赤提灯居酒屋(画像提供:PIXTA)

どの地域でも、地元で暮らす人たちがその土地ならではの飲み方で楽しんでいるので、旅行に行った際は、現地の赤提灯居酒屋にお邪魔してみるのもおすすめです。ときには常連さんが街のことを教えてくれることもあるので、その土地のカルチャーをより深く知ることができますよ。お酒やお料理だけでなく、人々や土地の歴史、風土も含めて知ることができるのが、赤提灯居酒屋の楽しさだと思います。

塩見さん流、赤提灯居酒屋の見付け方とは?

―初めて訪れる場所で赤提灯居酒屋を探すときに、手がかりにしている情報はありますか?

直接飲み屋街に赴くのが一番ではありますが、例えば地方都市の場合、県庁裏や旧市街などに、長い間地元の人に愛されてきた赤提灯居酒屋が多いように感じます。そういった場所にはさまざまな業種の人が集まるので、舌の肥えた人たちも多く、名店が生まれやすいんです。

岩手県盛岡市の県庁近くにある飲み屋街
岩手県盛岡市の県庁近くにある飲み屋街(画像提供:塩見なゆさん)

また、ターミナル駅の近くも狙い目です。ターミナル駅の周囲には戦時中、戦火から鉄道インフラを守るために空き地が設けられていました。戦後、その空き地が闇市化したため、今でも駅前に小さくて古い酒場の並ぶ路地があったりします。

―ある程度のエリアを絞った後は、口コミなども参考にされるのでしょうか?

私は、口コミの情報はあまり重視していません。というのも、インターネットにはまったく情報が上がっていない素敵なお店がたくさんあるからです。特に地方の場合、常連さんはインターネットに情報を書き込まないことも多いですから。

私はその代わりに、Googleマップのストリートビューを活用しています。お店の外観が分かれば、ある程度そのお店や店主の方の雰囲気が掴めるからです。例えば、建物の造り自体は古いのに、それがピカピカに磨かれているお店。古いお店を清潔に維持するのは大変なので、そこに労力をかけているとなれば名店センサーが働きます。

そうしてお店に目星をつけつつ、仕上げに周囲をグルッと一周。名店の近くには名店が集まっていることが多いので、最終的には目で見て確かめてから入るお店を決めますね。

赤提灯居酒屋の楽しみ方は?

―赤提灯居酒屋を楽しむために、大切にしていることを教えてください。

初めて入るお店では、とにかく謙虚でいることを心がけています。「一人なんですけど、入っても大丈夫ですか?」という感じでお店を覗いて、「どうぞ」と言われても、カウンターの一番出口に近いところに座る。「そこは寒いからもっと中にいらっしゃい」なんて言われたら、「じゃあ…」と言いながら、2、3席だけ近づく。やっぱり常連さんの多いお店ですから、まずはそれぐらいの謙虚さでお店に入っていきます。

―注文の際に意識していることはありますか?

長く続いている赤提灯居酒屋にはたいてい名物メニューがあるので、まずはそちらを注文することが多いです。そういうメニューは、お店の黒板に大きく目立つように書かれているか、一番右上に書かれていることが多いようです。もし、席に着くまでに多少店内を歩けるようなお店だったら、他のお客さんが食べているものを見て同じものを頼んだりもします。そうやって出てきた看板メニューを食べていると、隣の常連さんが「これおいしいでしょ」なんて話しかけてくれる。そうすると、最初は警戒していた店主さんも会話に入ってきてくれて、だんだんとお店に慣れていく…というのが、初めて入った赤提灯居酒屋での私の定石ですね。

塩見さんが訪れた、とある赤提灯居酒屋のメニュー黒板
塩見さんが訪れた、とある赤提灯居酒屋のメニュー黒板(画像提供:塩見なゆさん)

―1万軒以上の酒場に赴いた塩見さんでも、最初はそこまで謙虚なのですね。

私は仕事柄、最終的に取材もできればという気持ちもあるので、とにかく低姿勢で行くことを心がけています。初めての赤提灯居酒屋に入るのは少し緊張するかもしれませんが、お店の方も実はお話をするのが好きだったりするので、ちょっとしたきっかけで気さくに話してくれるようになったりするんです。私の場合、少しずつ関係を深めるその過程が楽しすぎて、ついつい取材のことを忘れてしまうこともあるくらいなんですけどね(笑)。

赤提灯居酒屋における「いいちこ」の存在とは

―赤提灯居酒屋での「いいちこ」にはどのような印象がありますか?

「いいちこ」はよくボトルキープをされていて、常連さんが愛飲しているイメージが強いお酒です。最近では、焼酎をソーダ割りやお茶割りにして飲む人も増えてきたので、「いいちこ」を飲む世代も若返ってきている印象がありますね。

それから個人的には、初めて訪れるお店に「いいちこ」が置いてあると、手頃でおいしいお酒が飲めるお店なんだと安心感を覚えます。「どんなお店かな?」と少し緊張しながら中を覗いたときに「いいちこ」のボトルが並んでいるのが見えると、安心して入店できますね。

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―塩見さんも、赤提灯居酒屋で「いいちこ」を飲む機会はあるのでしょうか?

もちろんです。新宿のゴールデン街に2か所、広島と北九州の小倉に1か所ずつ、「いいちこ」をボトルキープしているお店があるんです。お湯割りにして、焼き鳥ややきとんなどの温かいお料理を合わせて飲むのが好きなので、早くまた訪れたいですね。

※記事の情報は2024年11月29日時点のものです。