街角でときどき目にする「角打ち」の看板。元々は北九州で立ち飲みの酒屋を指す言葉でしたが、最近は関東でも使われるようになり、「角打ち」と名乗るオシャレなスタンディングバーもちらほら。「角打ち」はどのように変わり、広まってきたのでしょうか。立ち飲みと角打ちの違いや上手な使い方まで、まるっと解説します。

文/(株)酒文化研究所 山田聡昭

角打ちとは①|そもそも角打ちって何のこと?

ふだん皆さんはどこでお酒を買っていますか? スーパー? コンビニ? 今やネット通販という方も少なくないことでしょう。けれども30年前まではこれらの店にお酒はなく、”お酒屋さん”でしか買えませんでした。国民的なアニメ番組「サザエさん」で御用聞きに来る三郎さんはお酒屋さんの従業員、かつてはどこのお宅にも出入りのお酒屋さんがあって、お酒や味噌、しょうゆ、サイダーやコーラなどを供給していました。

当時、お酒屋さんの中には店の一画に、今でいうイートインコーナーを設けて、買ったお酒を店内で飲めるようにしているところがありました。お客さんはカップ酒や乾きものおつまみの代金をレジで払ってから、そこで飲むわけです。店によってはもう少し居酒屋に近づいて、コップで酒を量り売りしたり、煮炊きしたつまみを用意したりする店もありました。ですが、あくまでも小売りのお酒屋さんです。開栓していないお酒を販売できますし(飲食店は小売酒販免許がないので開栓していない酒を提供できない)、一般家庭や飲食店に配達することもあれば、贈答用に熨斗(のし)を掛けたり表書きを書いたりすることもありました。

こうした店は腰を据えてじっくり飲む場ではありません。居酒屋と違って客用のお手洗いがないことも当たり前、パッと飲んでサッと帰ります。そんなスタイルのお酒屋さんは一般的には「立ち飲み」と言われていましたが、山陰では「たちきゅう」、「もっきり」という地域もあり、「角打ち」は北九州市での呼び方でした。

酒屋の店内でお酒を飲む様子
「角打ち」は店内で飲めるお酒屋さん、もしくは飲む行為のこと(写真提供/酒文化研究所)

角打ちとは②|発祥や語源は?

福岡県北九州市は今も「角打ち」が多いことで知られています。北九州角打ち文化研究会によると、市内にある約280軒のお酒屋さんのうち94軒で角打ちができるそう(2018年時点)。1901年に八幡製鉄所ができて日本を代表する重工業都市となった北九州には、たくさんの労働者が集まりました。夜勤上がりに一杯飲んで寝たい人も多く、朝から「角打ち」ができるお酒屋さんは重宝されました。商売は需要と供給で変わります。強い角打ちニーズに応えるうちに、お酒屋さんはどんどん飲食店に近くなっていったのでしょう。ちなみに北九州に限らず「角打ち」が密集する地域には、夜勤のある大規模な施設があることが多いようです。

そして「角打ち」という言葉が北九州から大阪へ、そして東京へと広がったのは、北九州に大企業が多く、大阪や東京との往来が盛んだったことが理由のひとつでしょう。北九州市に赴任したり出張したりした人たちには、あちこちにある「角打ち」がその町特有の景色となり、独特の名称とともに記憶されます。まず距離的に近く行き来の多かった大阪で使われるようになり、遅れて東京にも広まったのではないでしょうか。

筆者は生まれも育ちも関東ですが、約40年前に初めて大阪を訪れ、立ち飲みをさせるお酒屋さんが多いことに驚きました。「角打ち」という言葉を耳にしたのもこのときが初めてです。個人的な体験の範囲での話ではありますが、酒文化研究所を設立した1991年頃の東京では、「角打ち」という言葉はほとんど使われていませんでした。その後、長くデフレが続き、ハンバーガーや牛丼など外食産業は激しい価格競争に突入します。リーズナブルに飲み食いできる店が求められる中で、お酒もそのニーズに応える営業スタイルとしてスタンディングを採用する飲食店が増え、東京で「角打ち」を名乗る店が登場し始めるのは2000年以降と記憶しています。

角打ちとは③|立ち飲みとの違いとは?

時々、「角打ち」と「立ち飲み」はどう違うのですか?と聞かれます。どちらも近年は、お酒屋さんの店先で飲むスタイルとスタンディングの飲食店の両方で使われているので、違いを説明しにくくなっていますが、もともとの意味から整理してみましょう。最初に「角打ち」はお酒屋さんと述べましたので、酒屋さんの店先で飲むこととスタンディングの酒場で飲むことの違いを2つ挙げておきます。

ひとつ目は、お酒屋さんでは酒もつまみも都度支払いで、購入してから飲み食いする点です。小売店なので飲食店のように最後にまとめてお勘定とはならなりません。ふたつ目は調理サービスの有無です。お酒屋さんは調理をせず、おつまみは乾きものや缶詰など手間のかからないものです。もっとも例外は多く、物販はわずかで立ち飲みがメインの商売になっているお酒屋さんでは、後払いでまとめて支払うようにしている店も少なくありませんし、店頭でおでんを煮たり小皿におつまみをつくったりしているところもあります。

そのほか小売店と飲食店では衛生面で管理レベルが異なる点(保健所マター)や、小売りするには酒販免許が必要な点(酒税がかかっているので税務署マター)が挙げられます。

酒屋店内でお酒とおつまみを楽しむ様子
本来の「角打ち」はお酒屋さん。陳列棚には商品が並びレジで精算してから飲む。調理はしないのだが、写真のように料理を出す店も多い(写真提供/酒文化研究所)
注文のメモ書き
老夫婦で営業する「角打ち」。酒代はその都度支払いのかと思いきや、客ごとに注文をメモして最後に精算(写真提供/酒文化研究所)
立ち飲み飲食店の店内の様子
立ち飲みの飲食店。ドリンクやフードの提供は居酒屋と同じだが、椅子がなく立って飲むスタイル(写真提供/酒文化研究所)

角打ちとは④|ルールやマナーは?

「角打ち」と名前が付いていても、スタンディングの飲食店では注文の仕方や提供方法に特別なことはありません。メニューを見て欲しいものをオーダーすれば、目の前に出てきます。ただ、お酒屋さんの「角打ち」は店ごとに独自のルールがあることも。

たとえばキャッシュオン(都度払い)と思っていたら最後にお勘定でよかったり、冷蔵庫から勝手に商品を取り出して空き瓶を見せて自己申告で支払ったり、すべて紙に書いて注文する決まりだったりするのですね。独自ルールの説明書きは表示されていないことも多く、客のほとんどが常連さんのため、皆、ルールを知って飲んでいます。

ですから店に入ってルールが分からなかったら、「注文はどうすればいいのですか?」と率直に聞きましょう。そして店やお客の様子をうかがい、雰囲気を壊さないよう気を配りながら楽しみます。ふらりと入った一見さんを自覚して、目立たぬように、邪魔せぬように、が肝要かと。話しかけるなら最初はお店の人にしておくのがベターです。

グラス売りの自販機が並ぶ立ち飲み酒場
立ち飲み酒場。日本酒と焼酎はグラス売りの自販機で購入するのがこの店のルール(写真提供/酒文化研究所)

角打ちの楽しみ方①|ならではの魅力は?

缶詰を肴に焼酎を楽しむ

「角打ち」の一番の魅力は何と言っても「安さ」です。利益率は高くありませんが、お客さんを長居させず回転率を高めて利益を出す仕組みです。お酒屋さんですから酒もつまみも小売販売の価格で提供されます。

また、「角打ち」は酒類の品数が豊富な店も増えました。酒の専門店が続々と角打ちを始めだしたのです。あるお酒屋さんはスーパーやコンビニとの競争で一般的な商品が売れなくなり、ベルギービール専門店に業態転換しました。近隣の飲食店は昔からの得意先で大手メーカーのビールを納品していましたから、「角打ち」で同じビールを飲ませることは憚られました。ですがベルギービールを取り扱う得意先はありません。1本800円のベルギービールも小売価格でなら気軽に楽しめます。”ネオ角打ち”とも言うべき、店もお客もハッピーな専門店「角打ち」の例です。

お酒の専門店は豊富な品揃えが魅力ですが、日本酒、本格焼酎、クラフトビール、日本ワイン、シングルモルトウイスキー、クラフトジン等々、注目のカテゴリーが次々に登場し、新しい商品がどんどん増えていきます。これらをお客に気に入ってもらうには、飲んでもらうことが一番、リーズナブルにグラス売りで提供する「角打ち」は、新しく導入した商品を試してもらうのにぴったりです。直接お客の反応を見て感想を聞くことができるのも、店にとっては貴重で、おすすめの仕方を修正したり推奨ワードをブラシュアップしたり、それらをメーカーにフィードバックしたりして人気商品を育てます。「角打ち」は専門店に欠かせないサービスになりつつあります。

角打ちの楽しみ方②|お酒やおつまみはどんなものがある?

最後にお酒屋さんの「角打ち」でのおすすめのおつまみを紹介しましょう。小売店なので基本的に調理はしません。生鮮品の取り扱いもありませんから、選択肢は賞味期限の長い「乾きもの」「缶詰」「レトルト」「冷凍」になってきます。

サッと一杯飲んで帰るならナッツやサラミソーセージなどの乾きものがおすすめです。最近はシシャモの燻製や塩ゆで落花生など、しっとりとした商品もあり、おいしさは侮れません。焼酎のような蒸留酒には枝付きレーズンや砂糖漬けの柑橘ピール等の甘党酒肴もよく合います。

電子レンジで温めができるお店なら、レトルトのおでんやモツの煮込みという選択肢もあります。器に移し替えるときに跳ねた汁でシャツを汚さないようご注意ください。コロナ禍では巣籠りで冷凍食品の売れ行きが上昇したと言われています。これからは焼売や春巻きに留まらず、本格的な冷食メニューが「角打ち」のつまみになってくるかもしれません。

そしてこれまでも、これからも「角打ち」つまみの王道は缶詰でしょう。缶切りの要らないフルオープンの缶詰は、手早く開けられ食器も不要です。見た目はコンパクトですが意外とボリュームがあり、腹持ちがいいのもうれしいところ。人気は、焼鳥、鯖味噌、鯨の大和煮、牡蠣の燻製オイル漬け、なんと言ってもオイルサーディン。寒い日には缶詰をつまみに麦焼酎のお湯割りなんて最高です。

角打ち定番のおつまみ、オイルサーディン
人気のオイルサーディンはメーカーによって鰯のサイズや味付けは様々。こだわりのブランドがある「角打ち」ファンも多い(写真提供/酒文化研究所)

※記事の情報は2022年11月18日時点のものです。


文/(株)酒文化研究所 山田聡昭
1991年創業、ハッピーなお酒のあり方を発信し続ける、独立の民間の酒専門の研究所「酒文化研究所」第一研究室室長。