空腹でお酒を飲むと酔いやすい、とは昔から言われていることですが、それはどのようなメカニズムなのでしょうか。また、同じ食べるにしても、アルコールの吸収を穏やかにしてくれる食べ物はあるのでしょうか。アルコール低減外来のドクターにお聞きします。
この方にお聞きしました
吉本尚さん
筑波大学医学医療系准教授。健幸ライフスタイル開発研究センター長。博士(医学)。やさしい酔い研究会メンバー。
▼あわせて読みたい ・「酔う」とはどんな状態? 専門家がそのメカニズムを解説します ・お酒を飲んで頭が痛くなるのはなぜ? アルコール頭痛の治し方はある? ・お酒に弱い人・強い人は何が違う? お酒と体質の関係を解説します ・筋トレ後にお酒を飲むのはOK? 両立するにはどうしたらいい? ・「アルコールの分解にかかる時間」を医師が解説! 早見表もあります |
空腹でお酒を飲むと酔いやすい?
―お腹が空いた状態でお酒を飲むと酔いやすい、とよく言われます。体験的に実感している人も多いと思いますが、その理由やメカニズムについて教えてください。
まず「酔い」というのは、アルコールが吸収された血液が脳に回り、いわば脳が麻痺した状態のことです。酔いの程度は脳内に運ばれる血中アルコール濃度によって決まります。
その前段階として、飲んだお酒は食道を通り、お酒のアルコール分の20%が胃で、80%が小腸で吸収されます。つまりアルコールが胃から小腸へ流れるスピード(胃排出スピード)が速ければ速いほど、アルコールが体内に吸収されるスピードも速くなり、血中アルコール濃度が上昇するスピードが上がり酔いやすくなる、ということです。
胃に何も入っていない状態=空腹だと、胃排出スピードが速くなってしまい、逆に胃の中に食べ物があると、胃排出スピードを遅くすることができるということです。
―胃から小腸へ流れるスピードが速いと、早く酔ってしまうということですね。ところで空腹時のアルコール吸収スピードはどれくらいなのでしょうか?
個人差はありますが、摂取後10分から60分で最大血中アルコール濃度に達すると言われています。これが胃に食べ物が入っている状態だと、100分から120分に遅らせることができるという研究結果があります。
血中アルコール濃度は最大値に達した後、横ばいとなり、その後、徐々に下がっていきます。
吸収スピードには個人差があると言いましたが、このような研究結果があります。
変動または飲酒条件 | 考えられるメカニズム/説明 | 個人のBAC(血中アルコール濃度) に対する予想される影響 |
体重が低い人 | 体内の水分が少なくなる | BACが高くなる |
かなりの肥満、高いBMI | 脂肪が増えて体内の水分が減る | BACが高くなる |
女性 | 分布容積の低下と体内水分の減少 | BACが高くなる |
急速な飲酒 | より速い吸収 | BACが高くなる |
空腹時に飲む | 急速な胃排出 | BACが高くなる |
食中または食後に飲む | 胃排出の遅れ | BACの低下 |
消費される飲料中のエタノール含有量が多い | より速い吸収 | BACが高くなる |
肝臓の血流が低いか制限されている | 代謝の低下 | BACが高くなる |
タバコを吸う | 胃排出の遅れ | BACの低下 |
―体が大きい人は酔いにくい、と言われますが、肥満の人は酔いやすいのですね。
そうですね。実はアルコールは血中だけではなく、血管の外に出てさまざまな組織に広がっていきます。アルコールは水溶性なので、体内の水分量が多い人の方が、血管以外の組織にアルコールが広がり、血中に残るアルコールが少なくなります。
最初にご説明した通り、酔いは、血中のアルコール濃度の上昇によって起こる脳への作用なので、血中以外のアルコールは酔いには作用しません。筋肉には水分が含まれるので、体が大きく、筋肉量が多い人は酔いにくいと言えるでしょう。一方で肥満やBMIが高い人は脂肪分が多く、体内の水分量は少なくなります。男性に比べて脂肪分が多い女性も同じように、割合的に体内の水分量が少ないので酔いやすいと言えるでしょう。
▼あわせて読みたい ・筋トレ後にお酒を飲むのはOK? 両立するにはどうしたらいい? |
タバコを吸うことによって、血中アルコール濃度が低下するという結果は意外だと思われるかもしれません。これはタバコによって胃の働きが悪くなり、胃排出のスピードが遅くなるからということのようです。タバコを止めたら酔いやすくなった、と実感を持たれている方もいるかもしれませんね。喫煙は身体によいことではありませんが、ご参考までに。
空腹でお酒を飲むと吐き気や胃痛は起こりやすい?
―個人差はあるものの、空腹でお酒を飲むと酔いやすいことのメカニズムはよく分かりました。それでは空腹でお酒を飲むことによって吐き気や胃痛が起こりやすいというのは、どのような理由なのでしょうか?
アルコールには刺激性があるので、空腹でお酒を飲むと胃の粘膜を傷めてしまい、表面がただれたり、ひどい場合は出血することもあります。また、胃の筋肉の動きも悪くなるので、吐き気や胃痛が起こる原因となります。
―アルコールの刺激性はアルコール度数に比例しますか?
はい。アルコール濃度が高いほど、刺激は強くなります。アルコール度数が高いお酒を飲んだ直後に「胃や食道が焼けるような」と表現することがありますが、実際に刺激を受けて焼けるような感覚が生じているということです。
焼酎など、割って飲むことができるお酒であれば、ロックより水割りやお湯割りにした方が胃には優しいということですね。炭酸にも刺激性がありますので、ソーダ割りにすると刺激がプラスされることになりますが、炭酸は胃がただれるほどの強い刺激はありませんので、そこまで気にしなくてもよいと思います。
―蒸留酒や醸造酒など、お酒の種類によって刺激性は異なりますか?
同じアルコール濃度であれば、お酒の種類はあまり関係ありません。アルコール度数が高いほど、刺激性が強くなり、また、先ほどの表からも分かるように、吸収も速くなります。
アルコールの吸収を遅くする食べ物はある?
―胃の中に食べ物があると、酔いのスピードが遅くなることは分かりました。改めてお聞きしますが、それは、胃の中の食べ物が胃から小腸への門を狭くするからでしょうか?それともお酒のアルコールが食べ物に吸収されるからでしょうか?
アルコールが食べ物に吸収されるというより、食べ物に混ざり合うという表現の方が近いと思います。アルコールと食べ物が混ざると、食べ物から出てくる水分や胃酸などによって、アルコール濃度が低下します。アルコール濃度が低くなると吸収のスピードも遅くなります。
胃から小腸への門を狭くする、というより、胃でせき止める、というイメージだと思います。
―なるほど。食べ物と混ざることでアルコール濃度が落ち、吸収スピードも遅くなるのですね。それでは、食べ物の種類によってはどうでしょうか?
脂質、炭水化物、タンパク質。いずれかを含む食べ物はアルコールの吸収を遅くします。この3つの栄養素は多くの食べ物に含まれていると思うので、特に「これ」というのではなく、ご自身が食べたいものを食べるのがよいと思います。
―チーズ、枝豆、鶏のから揚げ、厚揚げ、豆腐、なんでもよいのですね!
枝豆、豆腐、厚揚げはタンパク質が豊富な大豆製品ですし、鶏のから揚げはタンパク質も脂質も含まれますね。チーズもタンパク質と脂質が豊富です。
―いわゆる腹何分目まで食べておくとよいですか?
それは個人差があるので、何分目とは言いにくいですが「空腹を感じない程度」に食べておくのがよいと思います。
―ほろ酔いをキープするには、コンスタントに食べる必要がありますか?
まず飲む前に空腹を感じない程度に食べ、飲みながら適度に脂質、炭水化物、タンパク質が含まれる食べ物を食べておけば、その後少し休んで食べない時間があっても大丈夫だと思います。
食べ物には胃に貯留する時間がありますから。そういう意味では消化がよいおかゆや雑炊などは胃の貯留時間が短いので、消化に時間がかかる食べ物の方が、血中アルコール濃度の上昇を抑えてくれると言えるでしょう。
―空腹で飲んでしまった後、急いで食べても効果はありますか?
食べる前に飲んでしまったアルコールに作用することはできませんが、お酒を飲むスピードを下げる、間隔をあけるという意味ではチェイサー的な効果がありますし、食べた後に飲んだアルコールの吸収スピードは下げることができます。
―「お酒を飲む前に牛乳を飲むと胃に膜が張って酔いにくい」というのは本当ですか?
飲み物より食べ物の方が、アルコールの吸収を遅くするのは確実ですが、飲み物の中では牛乳にはタンパク質が含まれるので、水や果汁などより、効果があると言えるでしょう。「胃に膜が張る」というのはイメージ的な部分が大きいと思いますが、理にかなっていますし、手軽に摂取できるという点でよいと思います。
―脂質、炭水化物、タンパク質のほかに、ビタミンなどは効果がありますか?
ビタミンや亜鉛など、アルコールの分解や血中濃度に影響を与えると考えられているものは多く存在しますが、人を対象とした研究で明らかに証明されたものはありません。今飲んでいるアルコールの吸収や分解に大きく作用することは、現時点では考えにくいと思います。
せっかくお酒を飲むなら、おいしく食べて、おいしく飲んだ方がよいと思うので、あまり考えすぎず。だいたいの食べ物には脂質、炭水化物、タンパク質のいずれかは含まれていると思うので、ご自身が好きなお酒に好きな食べ物を合わせるのがよいと思いますよ。
※記事の情報は2024年5月21日時点のものです。