「コの字酒場」をご存知ですか? 店主を三方向から囲う「コ」の字型のカウンターがある酒場のこと。テレビドラマにもなり、若い世代にも人気が高まっている「コの字酒場」の魅力や楽しみ方を、命名者である文筆家の加藤ジャンプさんにうかがいました。

加藤ジャンプさん

この方にお聞きしました
1971年、東京生まれ。文筆家、コの字酒場探検家、ポテトサラダ探求家、南蛮漬け研究家。生後6ヶ月でインドネシアに(2歳まで)。その後、東京、横浜、東南アジアで育つ。一橋大学法学部卒業。同大学大学院修士課程修了後、新潮社入社、雑誌、書籍などの編集者となる。同社退社後、スポーツ誌の編集などを経て独立。酒、酒場、食はじめコト、モノ、暮らし、スポーツ、農業、ビジネスなどなど幅広いテーマで執筆中。著作に「コの字酒場はワンダーランド」(六耀社)、ドラマ化もされた漫画「今夜はコの字で」(集英社インターナショナル)の原作など。

コの字酒場にハマったきっかけは?

―加藤さんが「コの字酒場」に出会い、その魅力に気づいたきっかけを教えてください。

話の始まりは中学生の頃になるのですが、当時、東南アジアに住んでいまして。父親に連れられて日本料理の店に行ったのですが、父親に用事があって、一人で食事しながら父の帰りを待つことになりました。その、ほどよく東南アジア化された和食店のカウンターがコの字になっていて。僕の正面には板前さんがいて、右と左のカウンターには駐在員のおじさんが座っていました。そんな店に子供が一人でいるなんて、珍しいじゃないですか。だから、おじさんたちが面白がっていろいろな話をしてくれたんです。

―どのような話を聞いたのですか?

中学生にはまだ早い、大人の話ってやつですね(笑)。二人はおそらくライバル会社に勤めていて、顔見知りだけど、つかず離れずな関係だったみたいで。一人が何かを教えてくれたら、もう一人のおじさんが「いやいや、実はね」とさらに教えてくれる。そういう感じで、すごく楽しい時間を過ごしたんです。そのときの位置関係がまさにコの字だったのですが、もちろん当時は、まったく意識していませんでした。その後、日本に帰って来て、高校生のとき父親に連れられて行った飲み屋さんもすごく居心地が良くて。既視感があるなと思ったら、そこもコの字カウンターだったんですよ。

―居心地の良い店とコの字カウンターの関連に気づいたと。

なんとなくですけどね。二十歳を過ぎて、自分でいろいろな酒場で飲むようになったとき、僕はコの字カウンターの店が好きなんだな、とはっきり気づきました。まあ、何よりもお酒と酒場が好きなんですけどね(笑)。それからは、いろいろな人に「コの字酒場は良いぞ」と吹聴していたんです。

コの字酒場のカウンター

コの字酒場の魅力とは?

―改めて、コの字酒場の魅力を教えてください。

すべてのお客さんが、店主の方と等距離の位置にいて。一期一会の老若男女で一緒に作る空間をすごく大事にできるということですよね。上座、下座がないことも大切なポイントです。どんな形の酒場でも、同じ空間を共有した人たちが、その空間を大事にしていくものではあると思うんですけど、コの字酒場は、その最たるもの。みんなが心の中に縁側を持てるというか。家には入れるけれど、襖を開いて奥まで招き入れるのでもない。程良い距離感なんです。

―直線のカウンターに全員横並びに座るのではなく、コの字に並ぶことの利点は、どのようなところなのでしょうか?

左右のカウンターのお客さんからの視線が斜めになるのが良くて。視線を合わせないようにして程良く孤独にもなれるし、ちょっと誰かの方を見ることもできる。孤独になりすぎないところが心地良いんです。あと、必ず誰かの視線があるから安心して飲める店でもある。緩やかな衆人環視になっているので、変な人に絡まれたりすることも少ないんですよ。

コの字酒場の楽しむためのコツやマナーは?

―加藤さんは、2013年に、コの字酒場に関する最初の著書「コの字酒場はワンダーランド―呑めば極楽 語れば天国」を発表されています。「コの字酒場」というネーミングが素晴らしいと思うのですが、書籍化の企画が始動する前から、そう呼んでいたのですか?

ずいぶん若い頃から「コの字酒場」と言ってた気がします。少なくとも10年以上言い続けて、ようやく陽の目を見たんです。(広告)代理店の人とかに先に使われなくて良かった(笑)。

―加藤さんが原作を担当した漫画「今夜はコの字で」(画:土山しげる)は、2020年にテレビドラマ化もされて大好評。2022年には、「Season2」が放送されました。着実に、コの字酒場の魅力が広まっています。

最近、CMなどで飲み屋へ行くシチュエーションのとき、コの字の店がすごく増えてませんか? そういうのを見ても、自分は間違えてはいなかったんだなと思ったりします(笑)。

コの字酒場を語る加藤ジャンプさん

―コの字酒場を楽しむためのコツ、覚えておいた方が良いマナーのようなものがあれば、教えてください。

どの酒場でもそうですが、当たり前のこととして、どなたかの家にお邪魔するような気持ちで行くということですよね。とはいえ、仕事で失敗して謝罪に行くときみたいな低姿勢でのぞむ必要はありません(笑)。友達の家にお邪魔するくらいの気持ちで良いと思います。友達の家に行って相手の親がいたら、勝手にそのへんの椅子に座ったりしないじゃないですか。「どうぞ」と言われてから座るとか、そのくらいは気を使いますよね。それで良いと思います。店主から「何立ってんだ、早く座れよ」とか言われたら、それも会話の糸口になりますし。

まあ、なんでも取り返しの付かない大きな失敗なんてそうそうないので、しきたりの分からないことがあったら、一つ一つ聞いて段々とその空間に馴染んでいく。それも楽しいんですよね。

―その過程も楽しめるということですね。

温泉に入るとき、最初は少し熱いお湯も我慢して入っていると段々と馴染んで気持ち良くなりますよね。ああいう感覚かもしれません。

─加藤さんがコの字酒場へ行きたいなと思うのは、どのようなときですか?

僕はいつでも行きたいですけどね(笑)。隙あらば飲みたいし、その場所がコの字酒場だったら良いなと、常に思っています。楽しいことがあったときは、より一層楽しめるし、悲しいことがあったときには、癒しくしてくれる場所でもあるので。

―「今夜はコの字で」の主人公・吉岡は、よく仕事の憂さ晴らしでコの字酒場へ行っていますが、加藤さんは、楽しいときにも行きたくなるのですね。

もちろんです。だから、どんなことがあっても日常的に行く場所というか、戻ってくる港に近い感覚ですね。一日の終わりに立ち寄って、次の航海に向けて給油したり、食料を積んだり、修理をしたり。あるいは、次の航海に向けての相談をするかもしれない。それに、考え事をしたり、いろんな人の考えを知りたいと思うときには、カウンターに座って飲んでいるだけで、いろいろな人の話が聞こえてきたり、顔が見えたりするんです。本当は、酒場は、何かを学ぶために行くところではないかもしれませんが。

―基本、楽しんだり、リフレッシュしたりする場所という気がします。

そうなんですよね。でも、その上で、何かを得られたり、学べたりといった+αの面白味もあると思います。

思い出のコの字酒場

―数多くのコの字酒場の中で、特に印象的なお店を教えてください。

お店に順番は付けられないし、なかなか一つを選ぶのは難しいんですけど…。「iichikoスタイル」さんのインタビューだから、せっかくなので「いいちこ」の印象的な思い出があるお店についてお話ししますね。

―ぜひ、お願いします。

溝の口にある「小料理 えのき」というお店なんですけど、そこはメニューが一切ないんですよ。カウンターにガラスケースがあるだけで、料理だけでなく、ドリンクのメニューもない。だから、初めて行ったときには何も手がかりがなかったんです。でも、そこにも「いいちこ」の瓶は置いてあったんですよ。あのときの安心感は、すごく覚えていますね(笑)。

―ちなみに、メニューのない「えのき」さんでは、どのような料理を楽しんだのですか?

マスターが「どんなものを食べたいですか?」と聞いてくれて。その日にある食材で、いろいろな料理を出してくれるんです。洋食的なメニューもおいしいし、お刺身もおいしかったです。

―おまかせのコースなのですね。高級店なのですか?

全然、そんなことはないです。毎日、通っている常連さんがいるような普通のお値段のお店です。

―本日、お邪魔している東京・有楽町の「日の基(ひのもと)」さんも、WEB連載「今夜はコの字で~全国コの字酒場漂流記~」で紹介されたコの字酒場です。「日の基」さんの魅力を教えてください。

端っこを少し巻き込んだような形になった変形連結コの字のカウンターと、ご主人(西澤吉樹さん)のお人柄です。有楽町という土地柄か、本当にいろいろなお仕事の方がいらっしゃるのですが、カウンターの中で、そういった人たちとも掛け合いながら、軽快に仕事をさばいていくんですよね。

―有楽町駅の改札からすぐのガード下に、昭和の雰囲気が漂うコの字酒場があることに驚きました。

仕事を終えて一杯飲んでいる人もいれば、ここから仕事に出ていく人もいるし、丸の内より懐に優しいからこっちに来た若い人がいれば、この後は銀座に繰り出す人もいる。他のお客さんをジロジロと見るのは良くないですが、カウンターに座ったまま、いろいろな人生の物語を垣間見られるのが良いんです。

―お気に入りのメニューも教えてください。

しめさばや刺身はいつもおいしいです。あと、先日、少し久しぶりに来て驚いたのが、「目玉やき(5玉)」というメニュー。「どういうことだろう?」と思って注文したら、そのまんまで5つ目の目玉焼きで、リボルバーの弾倉みたいなんですよ(笑)。すごくインパクトがありました。

店内に貼られたメニュー

「いいちこ」は、名うてのブルースシンガー

―「日の基」さんの店内には、ボトルキープされた「いいちこ」もずらりと並んでいるのですが、「いいちこ」の印象もお聞きできますか?

この「下町のナポレオン」というラベル自体、僕が子供の頃から目に焼き付いています。最高のコピーですよね。あと、僕が以前勤めていた出版社が発行している「芸術新潮」は、ずっと「いいちこ」さんの広告が入っているんですよ。そういうところでも馴染みがあったし。調べたり、酒場で聞き、「いいちこ」をつくっている三和酒類さんは、すごくメセナ(文化支援)活動にも力を入れてられていることを知って、ますます「いいちこ」が好きになったんです。

カウンターに並んだ「いいちこ」

―「いいちこ」の好感度がさらに上がったわけですね。

お酒って、純粋に味を楽しむのはもちろん、そのお酒が持っているいろんな物語も一緒に楽しんでいると思うんです。「いいちこ」は、昔から馴染みのあるお酒なのに、さらに深いことを知ってから、ますますおいしくなった感じがしました。

あとは、本当にいろいろな店に置いてあるのも良いですよね。少し前から、どの駅からも遠い不便な場所にある酒場を「ロビンソン酒場」と名付けて、そういう店を探し歩く連載をしているんです。

―WEB連載されている「ロビンソン酒場漂流記」ですね。

はい。「ロビンソン」を探しているときって、本当にあるかないか分からないまま歩いてるので、歩き回ったあげく、何もないときもあるんですよ(笑)。「何もないのかな」って不安になりながら歩いているとき、どこからかカラオケの音が聞こえてきて。「民家じゃないよな?」とか思いながら入った店に「いいちこ」があったりするわけです。そのときの頼りになるやつに会えたという安心感たるや。親友…というか、いろいろと教えてくれる若めの伯父さんみたいな頼り甲斐があります(笑)。

―味わいについてはいかがでしょう?

香りが良いですよね。あまり焼酎に慣れてない若い男の子と飲むとき、「ちょっと飲ませてください」みたいなことを言われて、焼酎を飲ませると、香りが強い焼酎の場合、「強烈っすねー」みたいな反応をされることがあるんですよ(笑)。でも、「いいちこ」は、味も香りも程良いから、「あ、おいしく飲める」みたいな感想を言われたり。強すぎない自己主張の中にしっかりとした芯がある。名うてのブルースシンガーみたいなイメージです。

―「いいちこ」は、どのようにして飲むのが好きですか?

お湯割りも好きですし、ロックも好きです。プレミアムな「いいちこ」は、特にロックがおいしいですよね。あとは、せっかくなので大分のかぼすと合わせて飲んだり、いろいろな柑橘類と試したりします。

―酒場だけでなく、家で飲むことも多いのですか?

よく飲みますよ。「いいちこ」は、なんとなく(アルコールの)抜けが良くて、翌日に全然残らない気がします(笑)。

―「いいちこ」は、特にどんな料理に合うと思いますか?

僕は、がんもどきが大好きなので「がんもどきに合う」というのは、お酒を褒めるときの最高の言葉なのですが、「いいちこ」は、がんもどきにもぴったりだと思います。

―加藤さんにとって、「コの字酒場」とは、どのような存在ですか? 

勝手知ったる友の家という感じですかね。懐かしくもあり、少しの遠慮はあるけれど、すごく楽しめるところでもあって、いろいろと教わるところでもある。しかも、ものすごくくつろげる、そういう場所ですね。

―では、先ほど少し伺いましたが、最後に改めて「いいちこ」は、どのような存在か教えてください。

本当に頼りになるので、困ったときは相談したいし、嬉しいことがあったときにも相談したい。できれば、いつもそばにいて欲しいです(笑)。

※記事の情報は2023年12月15日時点のものです。