日本独特の文化で、全国津々浦々に存在するスナック。近年、これまでは馴染みが薄かった若い世代からも、改めて注目を集めています。そこで、スナック研究の第一人者で、「スナック研究会」(現・夜のまち研究会)の主宰でもある東京都立大学法学部の谷口功一教授に、スナックの魅力や、初めての人でもスナックを楽しむためのポイントなどを伺ってきました。

谷口功一さん

この方にお聞きしました
谷口功一さん
1973年、大分県別府市生まれ。東京大学法学部卒業、同大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。現在、東京都立大学法学部教授、2023年度より同法学部長を務める。専門は法哲学。夜のまち研究会(旧 スナック研究会)研究代表。著書に「日本の夜の公共圏 スナック研究序説」「日本の水商売 法哲学者、夜の街を歩く」「立法者・性・文明 境界の法哲学」などがある。

なぜ、法哲学の専門家がスナックを研究?

―谷口さんは、2015年に「スナック研究会」を立ち上げて、その成果は「スナック研究序説 日本の夜の公共圏」という書籍にもまとめられています。法哲学の専門家である谷口さんが、なぜスナックを研究することになったのですか?

私は大分県別府市の出身で、実家が歓楽街のど真ん中で自営業をやっていたこともあり、子供の頃からスナックなどの「夜の街」には馴染みがあったんです。自分も大人になったら、親と同じようにスナックに通うのだろうなと思っていました。とはいえ、東京の大学に入って飲み始めた20代の頃は、普通にバーとかで飲んでいました。スナックへ行くようになったのは、30代になってから。当時住んでいた土地のスナックへ初めて行ったときは、人口の流動性が高い土地柄のせいか地元の人が集まるような感じの店ではなく、あまり楽しめませんでした。

スナックが楽しいと思うようになったのは、東京都立大学(東京都八王子市)に赴任してきて、同僚と沿線のスナックへ行くようになってからです。自宅から少し遠くて、タクシーで帰ったりしていましたが、スナックのある土地に住んでしまえば良いんだと気がつき、大学にもスナックにも近い場所に引っ越してきました(笑)。

谷口功一さん

―近くに住もうと思うほど、楽しかったのですね。

東京でも23区の外だと、わりと地域のコミュニティが残っていて、地元で自営業をやっている方が集まるスナックもあります。そういうところで話を聞いたりするのは面白いんですよ。

あるとき、ただの思いつきで「なんで『スナック』という名称で、いつ頃できた業態なのか」という話をしたら、誰も分からなかったんです。そこは40年以上やっているスナックだったんですけどね。まあ帰って調べればすぐに分かるだろうと思ったのですが、調べても全然分からないし、そもそもスナックに関する本などもない。それがスナックに関して調べはじめたきっかけで、最初は単なる趣味でした。

調べ始めると思った以上に分からないことが多かったし、面白い存在でもあったんです。ただ、あまりに五里霧中だったので、一人ではなく何人かでやってみようと思い、それぞれの分野で第一線級の研究者たちに声をかけ、「スナック研究会」を結成しました。

―スナックに詳しい方に声をかけたのですか?

必ずしもそうとは限りません。でも、自分の分野では日本の第一人者の人ばかりですから、「スナックについてあなたができること(研究)を考えてやってみて」というお題を投げたら、みんな見事に打ち返してくれました(笑)。メンバー達も研究を通して、段々スナックの魅力に気づいたようです。

―例えば、どのような分野の第一人者がいらっしゃるのですか?

宍戸常寿さんは、東京大学の憲法学の教授で、政府の数多くの委員会に入って、さまざまな重要問題に取り組んでいる人です。私の同僚でもある伊藤正次さんは、日本の地方行政の在り方などを決める地方制度調査会の委員をずっとやっていて、地方自治研究の第一人者です。

―すごい方々ですね。

そういう人たちしかいない研究会です。なぜそんな顔ぶれになっているかというと、スナックは、こんなにすごい人を集めて研究する価値があるものだということを発信したかったからです。スナックなどの水商売で働いている皆さんを元気づけたかったと言うと、おこがましいですが、そういう気持ちでした。

谷口功一さんの著書

スナックの基本と魅力とは?

―「スナック」とは、どのようなお店なのですか? 

カウンター越しにママをはじめとした従業員が接客をしてくれるお店で、基本的に時間制ではありません。全国どこでも、だいたい3000円くらいで、焼酎やウイスキーなどのお酒と水や氷のセットを出してもらえる。ボトルキープをするなら、さらに3000円くらいですね。普通、簡単なおつまみしかないので、食事は済ませた後に行って、お酒を飲みながら会話を楽しむ場所です。それに、だいたいのスナックにはカラオケがあります。

一番良く聞かれるのは「キャバクラ」との違いですが、キャバクラはお客さんに疑似恋愛をしてもらうところなので、ホステスさんは隣に座って1対1で接客してくれます。スナックの場合は、客の隣に座る「接待行為」に必要な風俗営業の許可は取っていないことが多いようです。

あと、キャバクラは、基本的に他のお客さんと話すことはない場所ですが、スナックは他のお客さんと話すこともよくあります。要は、世間話をしに行く場所なんですよ。僕も馴染みの店では、ママと話さず、お客さんとだけ話して帰ったりする日もあります(笑)。料金に関しては、もちろん高い店も安い店もあるので、初めての店では、最初に確認すると良いでしょうね。

―パブ、ラウンジなどとは、どのような違いがあるのですか?

パブ、ラウンジとスナックとの明確な区別は難しいですね。地方では、大きなスナックをラウンジと呼んだりしますし、風俗営業の許可を取っているけれど、スナックとして営業している店もあったりします。ただ、たいていのスナックには、先ほど挙げたような特徴があります。

谷口功一さん

―スナックの魅力や楽しみ方を教えてください。

スナックの使い方は、大きく分けて二つあって。一つは、自分の家から歩いて行ける地元の店に通うこと。だから、ふらっと行くと誰か知り合いがいて、話しながら飲める。要は、部室みたいなもので、自宅でも職場でもない第三の場所として近所にある。これが、スナックの王道的な楽しみ方です。

―部室のように集まれる場所が恋しい社会人は多いと思います。

今はもう死語ですが、昔のトレンディードラマでは、会社が終わった後にふらっと行けば、いつも誰か知り合いのいる店がよく出てきたのですが、そんな場所、現実にはあるはずがないと思っていました(笑)。でも実は、スナックがそういう場所として存在しているんですよね。

もう一つの使い方としては、出張などで知らない土地へ行き、仕事以外で誰かと喋りたいなと思ったとき、話をしに行ける場所です。仕事先の人とだけ話しても、その地域のことは分からないのですが、地元の人が集まるスナックで話すことで、「こういう土地なんだ」と分かることがよくあります。そういう意味でも非常に面白い場所です。僕が知らない土地のスナックでよく聞く質問は、「大きい買い物をするとき、どこに行くか?」です。それを聞けば、その地域の意外な繋がりが分かるんですよ。

良いスナックの特徴は?

―スナックには、だいたいカラオケがあるということですが、スナックにとって、カラオケの存在は大きいのでしょうか?

大きい存在でしょうね。歌は嫌な人もいるから、カラオケがないスナックもたまにありますし、本当にゆっくり話したいときには、わざとそういう店に行くこともあります。

飲んでいると「そろそろ歌うか」っていう感じになって歌うときがあって。話して盛り上がるのももちろん楽しいですが、歌で盛り上がるのは、また別の面白さがあるんですよ。

―お店全体で盛り上がれるわけですね。

そうですね。でも、店によってもいろいろです。お客さんの世代によっては人気のある歌が全然違うので、よく知らない店で歌うとき、僕はまずデンモク(電子目次)の履歴をチェックします。それで、「ここではヒゲダン(Official髭男dism)とかは歌えないな。(民謡や歌謡曲で有名な)三橋美智也を歌っておこう」とか決めるわけです(笑)。

―自分だけが楽しむために歌う場所ではないから、空気読みも必要なのですね。他に、スナック初心者が覚えておいた方が良いマナーなどはありますか?

難しいことは特になくて。知らないところへ行ったときの常識的な行動をすれば良いと思います。「初めてなんですけれど、いいですか?」と聞くところから始まって。常連のお客さんは座る席が決まっていたりするから、勝手には座らず、「どこに座ったらいいですか?」と聞いてから座るとか。そのくらいだと思います。

―例えば、谷口さんの行きつけのスナックに、若いお客やスナック初心者らしいお客が入って来たら、歓迎モードになりますか?

もちろん、邪険にはしないですが、無理に話しかけたりもしません。そこは、ママが上手に話を振ってくれる感じです。

―やはり、スナックにとっては、ママの存在感は大きいのですね?

ママがすべてです。というか、男性が店主のスナックもあるので、店主がすべて、ですかね。こういう言い方は少し良くないのかもしれませんが、基本的にスナックは、別に何か変わったものを売っているわけではありません。どこにでも売っている酒を、水割りなどにして飲むところ。食べ物に関しても、店によっては、たくさんの料理を作っているところもあるけれど、基本的にはどこでも買える乾き物とかを食べながら飲むだけ。特別なものはないので、何が重要かと言えば、店主の人柄なんですよ。やっぱり、人の扱いが上手な人がやっている店は長く続くし、長く続いているところには良いお客さんも来ていて、また楽しいんです。

旅先などで良いスナックを見つけるコツは?

―谷口さんが思う良いスナックとは、どのような店ですか?

人によって、何が良いお店なのかということは変わってくると思うのですが、私が行って面白いなと思うのは、その地域の名士みたいな人たちが来ている店です。そういうところで聞く話は、やっぱり面白いですよね。集まってくる情報が全然違いますから。それに、そういう店を何十年もやっているママさんも、もう名士なんですよ。そういう人の商売の話を聞くのも楽しいです。

―そういった良いスナックを見つけるためのコツなどはありますか?

講演などの仕事で行った土地では、地元の人に連れて行ってもらうので、自分で探した店に行くことはほとんどありません。ただ、全然知らない街に行くこともあるから、そのときは、早い時間に少し高そうな寿司屋にでも行って、ちょっとだけ食べてから、「どこかスナックを紹介してください」と言えば、良いところを教えてくれます。そういう形で紹介されると、「このお店で紹介された人」という扱いになるから、まったく知らない人ではなくなるんですよ。

―特に若い人たちの場合、スナックへ通うことで、どのようなプラスがあると思いますか?

スナックでは、年齢や職業も関係なく、いろいろな人と話ができます。大人の作法や大人に対する接し方が分かれば、就職活動のとき役に立つし、社会に出た後も役に立つ場面は多いと思います。それに、世代は関係ない話ですが、自分が住んでいる土地に、いろいろな仕事をしている知り合いがいるという安心感は、本当に大きいものがあると思います。どこの病院や学校が良いみたいな情報も入ってきますから。

いいちこシルエット

―それは本当に重要な情報ですね。ちなみに、スナックでの「いいちこ」はどのような存在ですか?

「いいちこ」は、どこのスナックにもありますよ。それに「いいちこ」はブランドとして確立している良いお酒だから、どんな店で頼んでも恥ずかしくない。僕は大分県出身だから、話のきっかけにもなりますしね。

―では、最後に谷口さんにとって、“行きつけのスナック”とは、どのような存在か教えてください。

家でも、職場でもないけれどくつろげる場所。家の延長というか、客間みたいな感じで親しい人と集まれる場所です。家は、客間があるほど広くもないので(笑)。食べ物屋さんなどで親しい店もありますが、食べ終わったら、そんなに長居はしないですよね。でもスナックは親しい人と集まって、ゆっくり話ができる。店の人とも親しいですし、ないと困る場所。スナックがない土地には住みたくないです(笑)。それに、スナックなどの「夜のまち」が存在するのかどうかは、その地域のコミュニティが成立しているのかという指標の一つでもあると思います。

※記事の情報は2024年1月26日時点のものです。