酒文化研究所が酒類業界トレンド情報をご紹介。ウイスキーLOVERSにもおすすめしたい、注目の「樽貯蔵焼酎」について解説します!

文/(株)酒文化研究所 山田聡昭

樽でおいしくなる本格焼酎

樽で貯蔵熟成しておいしくなる酒というと何を思い浮かべるだろうか。ウイスキー? ブランデー? それともワイン? どれも正解だが日本の伝統酒である本格焼酎も樽で貯蔵しておいしくなる酒のひとつである。

ホーロータンク貯蔵
ホーロータンク貯蔵

ではなぜ焼酎を樽で貯蔵するとおいしくなるのか。まず、焼酎は貯蔵すると空気と触れてゆっくり酸化しながら香味が落ち着いていく。焼酎に含まれている水とアルコール、さまざまな香りや味の成分が馴染んでまろやかになる。出来たての焼酎よりも甕やタンクで貯蔵したものの方が、口当たりが滑らかで複雑な味わいになるのはそのためだ。

熟成に樽を使うと樽材と焼酎の香気成分が影響し合って、よりバラエティ豊かな味わいになる。それは樽そのものの木の香りが移るというような単純な変化ではない。バニラやキャラメルのような甘い香りが出たり、スパイシーな香りになったりすることもある。

樽に使う木材は天然素材なので個体差があり、どんな種類の木のどの部分を使うかによっても香味の変化は異なる。小さい樽は大きい樽に比べて単位当たりの酒と接する表面積が大きくなるから熟成が早く進み、新品の樽は一度使ったものより樽香が強く付く。どんな条件で熟成させるかも重要で、同じ貯蔵庫でも気温の低い一番下の段で貯蔵したものと、最上段で熟成させたものでは違う。

樽貯蔵

甕やステンレスタンクで貯蔵するのと比べると樽による味わいの変化はたいへん大きく、狙った香味に仕上げるには樽の使い方に習熟することが必要なのだが、これにはとにかく時間がかかる。仕込んでから結果が出るまでに数年かかり、しかも香味を左右する要素がとても多いからだ。

そしてブレンド技術も重要である。これは狙った味わいにするためにさまざまな樽熟成焼酎からどれを選び、どんな割合で組み合わせるかを決める仕事だ。強い個性を持った原酒は一滴加えるだけで、表情ががらりと変わる。目指す味わいはおいしいだけでなく、印象に残りまた飲みたくなる酒か。個性が出すぎると一杯はよいが杯が進まず飽きるから、微妙な匙加減が求められる。

また、その樽の原酒が無くなったら終売という商品でならいざ知らず、安定的に供給するためには使用する原酒を必要数在庫するように管理しなければならない。

麦焼酎とウイスキーの違いは「麹」と「蒸留回数」

ここまでお読みになって、ウイスキーに詳しい方はウイスキーにそっくりだと思っただろう。そう、焼酎とウイスキーは同じ蒸留酒で共通点が多いのだ。特に麦焼酎はウイスキーと同じ大麦を原料にしている。大きな違いは二つで、一つ目はアルコール発酵を行うために必要な糖化方法の違いである。ウイスキーは、大麦のデンプンをアルコール発酵に必要な糖を変えるために、発芽させたモルトを使う。大麦が発芽するときに大量に出す酵素を利用するのである。一方、麦焼酎は最初に米や大麦に麹菌を繁殖させ、麹をつくり、麹の酵素でデンプンを糖化して発酵する。

大麦麹

二つ目は蒸留の回数だ。麦焼酎が単式蒸留で一度だけなのに対して、ウイスキー(モルトウイスキー)は銅製の単式蒸留釜(ポットスティル)で2回ないし3回行う。一度しか蒸留しない麦焼酎は大麦を発酵させたもろみの香味が強く残る。

「麹」と「蒸留回数」の違いのために、麦焼酎と樽で熟成させる前のウイスキーの蒸留液の味わいはまったく異なったものになる。蒸留した酒には日本酒やワイン、あるいはビールのようなエキス分(糖、酸、プリン体等)はない。にもかかわらず麦焼酎は甘みや旨みを感じるフレーバーがあり、海外のウイスキーファンは例外なく「なぜ加糖していないのに甘いのか」と驚くのである。

さて、樽で熟成させる前の蒸留液の味わいがこれだけ違えば、樽で熟成させても麦焼酎とウイスキーの香味が同じにならないことは想像できるだろう。飲み比べてみると樽で熟成した麦焼酎にはウイスキーとは異なる独特の旨さとコクがあるのがわかるはずだ。

洋酒好きに好まれる樽貯蔵焼酎

2019年にスタートした日本発の蒸留酒のコンテストTWSC(東京ウイスキー&スピリッツ・コンペティッション)は、昨年から焼酎部門を設けた。上位に入賞した商品を見ると、樽で熟成したものが目立つ。審査員は洋酒に通じた方が多く、彼らは樽熟成の香りを高く評価する傾向があると見ることもできるが、そうであれば海外では樽熟成焼酎が受け入れられやすいということでもあろう。

TWSCの焼酎部門の最高金賞を受賞した「いいちこスペシャル」

一昨年、ラグビーW杯日本大会のとき、大分で試合を観る機会があったのだが、その折に三和酒類の日田蒸留所に足を延ばした。ここはもともとニッカウヰスキーの工場だったところで、熟成庫はそのまま引き継ぎ麦焼酎の熟成に使っている。驚いたのは蒸留機と樽熟成の展示だった。一般的な鈍い銀色の本格焼酎用の単式蒸留機に交じって、ピカピカに輝くステンレス製の蒸留機があった。形状はウイスキーで使う蒸留釜とほぼ同じだ。そして貯蔵庫では製樽の工程から丁寧に説明され、樽熟成によって麦焼酎がどのように変化するか解説している。それを見て、この焼酎メーカーは相当豊富な焼酎原酒を持っているに違いないと思ったのであった。

いいちこ日田蒸留所の蒸留機

これまで本格焼酎が樽貯蔵を前面に出してこなかったのは、酒税法上の酒類の分類や規制の影響が少なくない。今、日本酒やジャパニーズウイスキーに続いて、本格焼酎・泡盛を世界商品にしようとする取り組みがあちこちで始まっている。世界を意識したとき、樽熟成焼酎が果たす役割は小さくないだろう。ぜひ、自身の舌で評価してみて欲しい。

▼「いいちこ」の樽熟成焼酎はこちら

※記事の情報は2021年1月15日時点の情報です。


文/(株)酒文化研究所 山田聡昭
1991年創業、ハッピーなお酒のあり方を発信し続ける、独立の民間の酒専門の研究所「酒文化研究所」第一研究室室長。