昨年のRTD(Ready to drink:容器からそのまま飲めるチューハイやハイボールなどのアルコール飲料)は前年比107%と好調を持続、14年連続で前年を上回り、市場規模は2.3倍になりました。同じ期間に酒類全体の消費量が約1割減少したのと対照的です。手軽でおいしく飲みやすいうえリーズナブルなのが人気の理由とされますが、今、その中でも注目されているのが本格焼酎ハイボール缶です。ここではその魅力を探ってみます。

文/(株)酒文化研究所 山田聡昭

気軽さが魅力の本格焼酎ハイボール缶

自由に割って楽しめ、スッキリした飲みやすさが人気の焼酎。なかでも麦や芋などを原料とする本格焼酎は、素材の風味を生かす酒づくりの技が光ります。オーソドックスなお湯割りや水割りは料理との相性の幅が広く、居酒屋メニューや家庭料理とともに飲まれてきました。ゆっくり楽しめるオンザロックは一日のクールダウンにぴったりです。外飲みでは、近年、ソーダで割る本格焼酎ハイボールが広がり、甲類焼酎を使うことが多いレモンサワーのベースに、本格焼酎を使うお店も登場しています。

たくさんの方が飲食店でそのおいしさを体験していますが、自宅でというと、焼酎を1本買うほどは飲まないとか、ハイボールを自分で作るのは面倒だとか、銘柄がよくわからないので失敗したくない(好みの味でなかったら嫌)という方もいらっしゃるかもしれません。

そんな心配を払拭し、誰でも気軽にトライできるのが本格焼酎ハイボール缶です。飲みきりサイズでひと缶200円前後とお手頃、これならお店と同じように、いろいろな焼酎やハイボールを飲み比べるのも容易です。ホームパーティーやお花見、キャンプやバーベキューなどのアウトドアシーンでも活躍してくれそうです。

ところで本格焼酎ハイボール缶は、ベースの酒をただ割ったものではないことをご存じでしょうか? たとえば「いいちこ下町のハイボール」は、「いいちこ」をソーダで割ってそのまま缶に詰めたわけではありません。ハイボールにしたときに「いいちこ」らしさを感じられるように、原酒やブレンド比率を吟味し、ベストのバランスを探ってガス圧やアルコール度数を調整します。ハイボール缶はメーカーがプライドをかけたプロの味なのです。

今、本格焼酎ハイボール缶が注目されている一番の理由は、本格焼酎へのトライアルのハードルを下げて飲用シーンを拡げることに加えて、どこでもプロの味わいを楽しめるようにするからなのです。

青空と「いいちこ下町のハイボール」

食中酒にもぴったりな本格焼酎ハイボール缶

順調に成長を続けてきたRTDの軌跡を振り返ると、飲用シーンを食事中に拡げてきたことが分かります。お風呂上がり、食後、寝酒などさまざまな飲酒シーンがありますが、日本で飲酒は圧倒的に食事中、特に夕食時に集中しています。昭和の時代、夕食時に飲まれていたのはビールであり、日本酒であり、ウイスキーの水割りでした。昭和の終わりから平成には、そこに焼酎やワインが登場。RTDが本格的に夕食時に飲まれるようになるのは、平成後半からでした。

特にこの動きをリードしたのはレモンRTD。口中を爽やかに洗い流すので、揚げ物、焼肉、餃子など油脂が多い料理を心地よく楽しめます。要はレモンを搾って食べたくなるメニューとよく合うのです。肉じゃがやカレーなど味の濃い料理にも負けず、スパゲッティやグラタンなどカジュアルな洋食も邪魔しません。かつてこのポジションはビールが独占していましたが、苦みを嫌ったり、プリン体や糖質を気にしたり、よりドライな味わいを求める方がレモンRTDを選択したと考えられます。

レモンRTDは市場を拡大するとともに、果汁感の強いもの、アルコール度数の高いもの、甘く濃いリッチな味わいのもの、糖質オフのものなどに分化していきます。そして今、食事中に飲む酒として「甘くない」を謳うレモンRTDが伸びてきました。レモンを前面に出さずベース酒の味わいやボタニカル(ハーブなどの植物素材)の香気をアクセントにして、シンプルで飲み飽きず、白身魚の刺身をも邪魔しないほど洗練されてきています。

本格焼酎ハイボール缶もこの流れの中にあり、甘さや果汁に頼らないので料理との相性の幅が広く、ふだんの夕飯に寄り添える酒として認知されつつあります。

本格焼酎のおいしさを活かした隠し味も

本格焼酎ハイボール缶にはメーカーの地力が表れます。地力とは焼酎原酒の量と質とブレンド技術です。本格焼酎は単式蒸留器(ポットスチル)で一回だけ蒸留します(ウイスキーは複数回)。原料、原料処理、麹、酵母、発酵管理、蒸留器、蒸留方法、貯蔵期間、貯蔵容器、貯蔵場所など、原酒の味わいを左右する要素は非常に多く、どんな製法を選択するかで味わいは変わります。多様な原酒をつくり分け、長期間貯蔵して、良質な独自の原酒を持つことは、製品開発の幅を広げます。地力のあるメーカーは原酒の選択肢が豊富で、ブレンドのノウハウも蓄積されており、本格焼酎ハイボール缶の開発にもその力は存分に発揮されます。

ほとんどのRTDは果汁や甘味料、香料を使って味わいを整えていますが、中にはそれらを使わないものもあります。ちなみに「いいちこ下町のハイボール」は果汁も甘味料も香料も使っていない商品です。同社の基幹商品である「いいちこ25度」のハイボールとして開発され、原酒の味わいなど「いいちこ」らしさをより楽しめるように、隠し味として大分県産のかぼす果皮を浸漬したスピリッツを使っているのだと聞き、なるほどと頷きました。

原酒にボタニカルを浸漬して香気を抽出する技術はジンなど西洋の薬草酒では一般的ですが、本格焼酎ではほとんど見かけません。この手法を本格焼酎ハイボールの開発に応用すれば、果汁を加えなくとも爽やかなかぼすを感じさせることができます。おそらく果汁を搾り入れてしまうと「いいちこ」らしさは、かなり消されてしまうでしょう。果汁ではなく香気成分を使う発想、これを自社の製品に落とし込む技術は見事です。

本格焼酎ハイボール缶の人気はコロナ禍が後押し

話が少しわき道にそれますが、コロナ禍、飲食店での酒類の提供が制限されたことで、家飲みでのRTDの販売数が大きく増加しました。

もともと外飲み比率が高かったのはビールとウイスキーです。ビールは店で提供される生ビールのボリュームが大きく、ウイスキーもハイボールがよく飲まれていました。飲食店での酒類の提供が制限されると、これら酒の出荷量はビールがマイナス23%、ウイスキーはマイナス13%もダウン(2020年前年比)。一方で家での消費を表す消費支出(家計調査2020年前年比)はビールがプラス6%、ウイスキーはプラス37%と大幅に増えました。外で飲めなくなったために、自宅でも外で飲んでいたビールやウイスキーを飲むようになったと推測されます。

焼酎はビールやウイスキーほど外で飲まれる割合が高かったわけではありませんが、消費支出は10%増えています(2020年前年比)。焼酎の消費の根強さを感じさせるデータです。ウイスキーと同様に焼酎も自宅で飲むようになり、ハイボールを自作した方もいたことでしょう。

そしてRTDの消費支出を見ると、前年比32%増と他の酒類を大きく上回って伸びました。外でレモンサワーやハイボールを飲んでいた人の多くが、自宅にハイボール缶を持ち込んだことが窺われます。本格焼酎ハイボール缶が各社から相次いで発売されたのは2020年です。この商品が注目されたのは、RTDの成長と、ハイボールという飲み方の自宅での拡大という2つの潮流をうまく捉えたからとも言えそうです。

「いいちこ」の味で勝負する本格焼酎ハイボール缶

いいちこ下町のハイボール

最後に「いいちこ下町のハイボール」を試した感想を添えて、本稿を終わります。数多あるRTDのなかで、ベース酒の味で勝負することにここまでこだわった商品はありません。個人的にその潔さが見事と感じます。蒸留酒なので当然プリン体はゼロ。甘味料も酸味料も果汁も使わず糖質はゼロ。味わいはすっきりシンプルで、料理に寄り添い邪魔をしません。脇役に徹して、おいしい食事を楽しませてくれるのは焼酎らしいと思います。ワインや日本酒と料理のペアリングとは違う相性の良さです。国内外で焼酎ユーザーの裾野を拡げ、飲用シーンの多様化を進める高いポテンシャルを感じます。

※記事の情報は2023年1月20日時点のものです。


文/(株)酒文化研究所 山田聡昭
1991年創業、ハッピーなお酒のあり方を発信し続ける、独立の民間の酒専門の研究所「酒文化研究所」第一研究室室長。